棚田ネットワーク会報誌
棚田に吹く風
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※棚田ネットワーク会報誌「棚田に吹く風」の一部を抜粋し、掲載しております。掲載情報・肩書などは掲載号時点の情報です。ご了承ください。
棚田地域振興法ってなに?
棚田地域振興法ができたのは嬉しい!でも結局どんな法律なの。棚田地域にとってどんな利点があるの?という多くの声にお応えして、今号は農林水産省 黒田裕一さんに振興法の解説をしていただきました。
令和元年6月12日に、議員立法による「棚田地域振興法」が衆参両院の全会一致をもって可決・成立し、8月16日に施行されました。本稿では棚田地域振興法(棚田法)についてご紹介いたします。
棚田法制定の経緯
平成30年5月、棚田支援のための議員立法検討のため、自民党に「棚田支援に関するPT」(棚田PT)が設置されました。有識者や保全団体の代表者等からのヒアリング等を踏まえ、論点を取りまとめました。
主なポイントは次のとおりです。
- 棚田は日本の宝であるとのメッセージを立法措置により示す。
- 棚田の景観、文化的価値、自然環境など棚田を核とした「地域振興」を図るという視点の立法措置とする。
- 棚田を守るためには、多角的なアプローチが不可欠で、各省横断的な支援枠組みを構築する。
この論点を基に、棚田PTにおいて法案化が進められ、超党派の棚田振興議員連盟において、関係各党との調整が進められました。
その結果、6月5日の衆議院農林水産委員会において、法案が自民、立憲、国民、公明、維新の5会派の共同提案として提出されました。
棚田地域振興法の概要
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1趣旨・目的等
本法律は、市町村を含む多様な主体からなる「指定棚田地域振興協議会」(協議会)による、農業活動にとどまらない、移住促進、文化の継承、観光促進、自然環境保全など棚田を核とした幅広い活動を、関係府省庁横断で総合的に支援するものです。このため、内閣府、総務省、文部科学省、農林水産省、国土交通省、環境省の6府省が共管し、内閣府が主管となっています。
法律の名称もからもわかるように、棚田の保全だけでなく、棚田地域の振興を目的とするものです。これは、棚田が荒廃の危機に直面している背景には、人口減少や高齢化があり、農業生産活動に着目した支援だけでは荒廃を防ぐことは難しく、棚田を含む地域の振興を図ることが重要であるとの問題意識によるものです。 -
2基本的な枠組み
国が「棚田地域の振興に関する基本方針」を定め、この基本方針を勘案して都道府県は「都道府県棚田地域振興計画」を策定します。
その上で、支援の対象となる「指定棚田地域」を都道府県の申請に基づき国が指定します。指定棚田地域は、政令で定める「棚田地域」の要件を満たす必要があります。棚田地域の要件は、昭和25年2月時点の市町村の区域で、その区域内に勾配1/20以上の一団の棚田が1ha以上あることとされています。
指定基準は、基本方針に定められています。一つは、社会経済情勢の変化と棚田の持つ多面的機能からみて振興を図る必要性があるかどうか。
二つ目は、地元の保全体制や地方公共団体の支援体制から活動の実現可能性があるかどうかです。
指定棚田地域において、市町村は、農業者、地域住民、NPO等からなる協議会を組織します。協議会が「指定棚田地域振興活動計画」を作成し、国の認定を受けることで財政支援が受けられます。 -
3支援措置等
国による支援は主に2つあります。一つは、国の職員から選任された「棚田地域振興コンシェルジュ」によるサポート。もう一つは既存施策における優遇措置です。国は、毎年、棚田地域の振興に資する事業を公表し、関係府省は必要に応じ、優遇措置を講じることとしています。
コンシェルジュは、地元に近い出先機関の職員等及び関連施策の担当職員から選任され、現在440名が登録されています。
おわりに
棚田法は、棚田地域を関係府省横断で支援するという新たな試みです。中山間地域の中でも特に条件が不利な棚田地域は我が国の農村地域の課題を先取りした地域であり、この枠組みは、我が国の地域政策の一つのモデルになることが期待されます。
今後、各棚田地域で早期に活動が進められるよう、農林水産省としても、関係府省、都道府県、市町村、地元関係者と連携・協力して取り組んでまいります。
棚田法に関する情報は内閣府地方創生推進事務局のホームページをご覧ください。
寄稿者プロフィール
黒田 裕一
農林水産省農村振興局地域振興課課長補佐。
長門の棚田サミット自主分科会(P12参照)で振興法の解説をした松本氏が転出する前、ともに法案作成に心血を注いだ。今、本省でいちばんこの法律に詳しい。
棚田の天日干し
稲刈りもほぼ終わり、田んぼはシーズン終了の趣。近年はコンバインによる収穫、籾の機械乾燥が主流ですが、棚田地域ではまだまだハサ掛けによる天日干しが見られます。その風景はどこかなつかしく、郷愁をそそられます。
ハサ掛けは、地形や風向き、日当たりなにより、地域によっていろいろな形があります。呼び名もいろいろ。ハサ(ハザ)、ハセ(ハゼ)、ハデ、オダ、稲木もしくは稲架(いなき)‥‥ 。今号の特集は「天日干しのいろいろ」です。
なぜ棚田には「天日干し」が残っているの?
一番の理由は、棚田は面積が小さくて大型のコンバインが入らないため、小型のバインダーや手刈りで稲束として収穫するので、天日干しにせざるを負えないということが挙げられます。
もう一つは、棚田はほとんどが大規模な流通米ではなく、小規模な自家消費米や縁故米として作るので、手間がかかっても出来るだけ美味しいお米を食べたいという農家さんの思いもあるかもしれません。実際、天日干しをするとお米のアミノ酸と糖度が高くなるそうです。また稲を逆さまに吊るすことで、藁の栄養分が米粒へ降りて旨味が増すともいわれています。
もちろん、棚田は体験田やオーナー田として利用されることも多く、昔ながらのお米の作り方を伝えようと、「天日干し」をイベントとして行っているところもあります。
天日干しのいろいろ
天日干しは、刈り取った稲の約20%の水分を、1~2週間干して、約15%の水分量にすることが目的ですが、その干す形が地域によって、さまざまなところがとても魅力的です。
一番オーソドックスで全国的に見られるのが、竹などを組んで、1段~2段に掛けるタイプの「ハザ掛け」です。最近では、ガードレールをハザにしているなんてところもあります。北陸などでは、並木を利用した10段以上の高いハザもみられます。また、東北地方でよく見られる、一本の杭を中心に稲を重ねていくタイプの「杭掛け」や九州などの乾田で見られる畦や田んぼに直接置いて乾かす「地干し」などがあります。
1~2週間の短い棚田の秋の風物詩ですが、ぜひ個性的な天日干しの形を見つけて見てください。
ハザに掛ける
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1段のハザ
竹などを利用して、刈り終えた田んぼの中に作ります。全国的に見られる形です。
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高いハザ(新潟、北陸、信州など)
8段や10段、12段もあります。上の方の段になると、大人が登り、下から投げ上げられる稲束をキャッチして掛けます。投げるのは子どもの役目だったとか。
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ヨズクハデ(島根県大田市西田地区)
今ではもうここにしか残っていない伝統技術です。形がヨズク(フクロウ)に似ていることからついた名前。
杭に重ねる
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杭掛け(東北地方)
交互に十文字に掛けていきます。1週間ぐらいしたら、稲を裏返しながら隣の杭に掛け替えて、さらに干します。そのため、いちばん端の杭は空けておきます。隊列を組んだ兵隊さんのような風景。
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ねじりほんにょ(宮城県栗原市栗駒地区)
このあたりでは、普通の杭掛けを「ほんにょ」、らせん状に掛けていくものを「ねじりほんにょ」といいます。ねじりほんにょは風通しが良いため、掛け直す必要はないそうです。
地面に置く
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地干し
地面にそのまま置いて乾燥させるやり方。昔は全国的に行われていたようです。
協力:宮城県栗原市田園観光課/島根県大田氏農林水産課
棚田の育苗
春。田んぼに水が入り、もうすぐ田植えのシーズンですね。棚田のオーナー制度や米作り体験イベントでは、ほとんどの場合、田植えはいわゆる「手植え」。根が絡み合ってマット状になった苗を育苗箱から外し、適当なサイズに分割して、田んぼのあちこちに投げます。
でも、この苗、どこから来るのでしょう。どんな風に作られているのでしょう。昔からこんなやり方だったの?
いえいえ。苗が育苗箱で作られるようになったのは、田植機が普及してから。それまでは、農家それぞれが自分の田んぼの一部を苗代にして、そこで苗を育てるのが当たり前でした。
「苗半作(なえはんさく)」という言葉を聞いたことがありますか?
苗の良否で米作りの半分は決まってしまう、という意味です。丈夫で活着しやすい苗を作るため、農家は昔から苦労してきたのです。
育苗箱で苗を育てる
芽が出たら、ビニールハウスや田んぼなど広いところに並べ、温度と灌水に注意しながら田植えまで育てます。
苗の必要量は、疎植(株の間隔を空ける)か密植かによって違いますが、10㌃あたり平均20枚ほどといわれます(マット式の場合)。1㌶では200枚にもなり、箱に籾を播くにも人の手でやるとどうしてもムラが出てきてしまいます。「播種機(はしゅき)」はこの作業を行う機械で、種籾や水、土をセットし、苗箱がコンベヤの上を移動するうちに、それぞれが適量落ちるようになっています。均一な苗を作るための工夫です。
昔は籾と田んぼさえあればよかったのが、近年は育苗にもいろいろな資材が必要な時代になりました。このため、耕作面積の小さい農家では育苗を大規模農家に委託したり、地域で共同で育苗したり、農協が育苗センターを経営したりしています。
箱苗1枚当たりの価格は(地域によって色々ですが)700円~1000円程度が多いようです。
苗代で苗を育てる
箱による育苗(マット式)では、苗がどうしても稚苗や中苗になります。自然農や有機栽培などの米作りでは、苗代で丈夫な成苗を育てるやり方がまだ行われています。また、体験やイベントとして苗代づくりを行うグループもあります。
苗代には畑苗代もありますが、全国的に普及していたのは「保温折衷苗代(ほおんせっちゅうなわしろ)」です。
「苗取り婆さん」と呼ばれる人もいたそうです。
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