里山・棚田保全に必要な視点とは ―里山写真家・今森 光彦氏が語る里山・棚田の魅力―
目次
滋賀県大津市にアトリエを構え、30年以上にわたり「里山」の写真家として第一線で活躍される今森 光彦氏。生まれ育った滋賀県で里山の再生を目指す今森氏は、現在も自然と人との共存をテーマに、地球的な規模とマクロな視点で写真を撮り続けています。
今回は、河原田 岩夫(ヤマタネ代表取締役社長)が、そんな今森氏のアトリエを訪問し、長年里山を見つめ続けてきた同氏から、里山における棚田の本質的な価値や未来へ繋ぐための視点を伺いました。
対談に先立って
当日アトリエに到着した際は、冬の柔らかな日差しが差し込む晴天でしたが、その後の里山散策では一転して雪が降り始め、晴れ間と雪が入り混じる里山特有の天候となりました。
散策の道中では、今森氏より、棚田保全における生物多様性の重要性や、今森氏が実践されている畔(あぜ)道の管理へのこだわり、また景観を維持するための草刈りの工夫などについて、長年の実践に裏打ちされたお話を伺うことができました。
薪ストーブの火が灯るアトリエ、そして雪が舞う棚田の畔という環境の中、今森氏に里山・棚田の魅力や将来への想いを伺ったほか、審査員を務めていただいたヤマタネ主催「日本の棚田フォトコンテスト」や当社の棚田保全の取り組みについての実直な対話が行われました。
ここからは、アトリエの穏やかな空気のなかでの対談の様子をお届けします。
はじまり
河原田)当社は昨年8月から10月にかけて「日本の棚田フォトコンテスト」を開催しました。全国から棚田の「今」を伝える約2,000点の写真の応募をいただくなど大きな反響をいただきましたが、そのイベントで当社は今森さんとのご縁をいただきました。
本日は、今森さんがライフワークとして取り組んでいる里山保全や当社が社会課題として位置付ける棚田の保全についてお話を伺えればと思います。
今森氏)よろしくお願いします。

今森氏と里山との出会い
今森氏)私は現在30年以上にわたって、ここ滋賀県大津市で里山の保全に取り組んでいます。この里山とは私が学生の時に初めて出会いました。非常に感動したことをよく覚えています。
今振り返ると、その感動の原点にあったのは学生時代のインドネシアへの旅がきっかけでした。インドネシアには多くの有名な棚田がありますが、私はその中でも田園地帯で有名なスラウェシ島に一か月ほど滞在しました。滞在させていただいていた山荘では、野焼きのお手伝いをしていましたが、その作業中に嗅いだ柴の香りは今でも忘れられません。
もう日本ではそんな光景は見られないのではという想いで帰国しましたが、生まれ育った大津市の街中から車で少し走ったところにも同じような風景があるとは驚きでした。しかも滋賀県は山に囲われ、琵琶湖もある。山・湖・棚田がそろったこの風景は、私がインドネシアで感じた感動と重なりました。
河原田)なぜインドネシアに行かれたのでしょうか。
今森氏)当時は学生でしたが、生き物が大好きで、インドネシアに行ったのも熱帯雨林での探索が目的でした。昆虫の種類が豊富な熱帯雨林は奥まった場所にあり、当時は案内してくれる人がいるわけでもなく、初回の旅行ではたどり着くことができませんでした。田んぼを見に行ったわけではなかったのですが、そんなわけで田んぼばかりを見ることになりました(笑)。まだ写真家になる前でしたが、里山や棚田との出会いはこの時期ですね。
今森氏)帰国後は多様な生き物が存在する里山の魅力に気づき、大津市の周りを写真撮影のために練り歩いていました。その頃、1970年代当時ですが、ネイチャーフォトというジャンルが急成長していました。
日本の自然環境が急激に消失していく時代に、自然はかえって注目を集め、ネイチャーフォトを撮影する写真家も一気に増えました。
写真展「今森光彦 にっぽんの里山を旅する」
河原田)直近で開催された写真展「今森光彦 にっぽんの里山を旅する」にも伺いました。全国各地の素敵な写真が多く展示されていましたが、その中で私が感じたのは、単なる風景・景色の写真だけでなく、人や生物など、その地域に暮らす存在にフォーカスした写真がとても多いということです。
今森氏)「生き物が暮らす環境の中に自然がある」という私の根底にある考え方は、私が写真を撮影し始めた当初はあまり一般的なものではありませんでした。「里山」というキーワードもそこまで確立されていなかったと思います。NHK「里山」シリーズが大きな反響をいただいたほか、BBC(British Broadcasting Corporation、英国放送協会)を通して英語に翻訳され、海外でも放送されたことで、世界的に「里山」というキーワードが広がりました。
田んぼがあって、山があって......。このような風景は一昔前では当たり前の風景でした。「自然というのは保護区として守られるべきであって、こんなものは自然ではない」というのが大多数の考えでしたが、その考えを変えたいというのが私の想いです。

会期:2026年1月2日(金)~2月2日(月)
主催:美術館「えき」KYOTO、京都新聞
企画協力:オーレリアンガーデン、クレヴィス
河原田)人も自然の一部ですね。ちなみに、今森さんのご実家は元々農家でしたか。
今森氏)農家ではなくサラリーマンの家庭で育ちました。しかし、その当時住んでいた地域には農家が多く、農家への憧れは大きかったです。雨の日には父親が家にいてくれるなんて羨ましいですよね(笑)。
今森氏の見る里山の魅力
河原田)今回の展覧会でも全国各地の自然を回られたかと思いますが、改めて里山の魅力は何でしょうか。
今森氏)今回の展覧会を迎えるにあたって、北海道から沖縄まで全国の自然を回り、その数は340カ所を超えました。その経験を通して改めて感じたことは、それぞれの地の美しい自然は地元の方々のためにあるということです。考えてみれば当たり前のことですが、それぞれの地域の魅力は国や自治体が評価するものではありません。地元の方に評価されている風景が一番綺麗だということを再認識しました。
不思議なことに評価するのは人間だけではなく、生き物もそれは同じで、そういう風景に多様な生き物が集まってくるのです。

棚田の現状
河原田)ヤマタネは2024年に創業100周年を迎えました。コメ卸を祖業とし、100年間コメと関わってきた会社です。現在、コメ産地は多くの課題を抱えていますが、稲作経営の経済合理性の低さがその課題の根本的な原因になっています。棚田はまさにその象徴的な事例であり、耕作放棄地の拡大・生産人口の減少のスピードは通常の田んぼのそれを大きく上回っています。
その社会課題解決に向き合うべく、ヤマタネは2024年から株主優待制度を拡充し、それを契機に棚田保全の取り組みを開始しました。現在は株主優待制度に限らず、様々な形での棚田保全の在り方を模索していますが、根底には棚田がなくなっていくことの危機感があります。
里山保全に取り組むかたわら実際に稲作もされている今森さんは、棚田の現状をどう見られていますか。
今森氏)生産人口の高齢化もあり、生産現場で主人公的な役割を果たすべき層が少なくなっています。危機感はとても感じており、私が運営している棚田も10年後どうなっているかを考えることも多いです。
河原田)先ほど拝見させていただきましたが、この地域は整備が行き届いており、耕作放棄地も非常に少ないと感じました。ただ10年後この状態を維持できているか、考えざるを得ないですよね。
棚田の価値について
今森氏)棚田の価値が知られていないことを常々感じます。コメを作るためだけの場ではないですが、それ以外の魅力は定量的に評価しづらい。素晴らしい景観はもちろんですが、生物の多様性にも注目すべきです。しばしば熱帯雨林が「遺伝子の宝庫」と言われますが、棚田もそれに負けていません。

河原田)おっしゃる通りで、その価値をしっかりと認識する必要があります。
今森氏)特に棚田は現在でも手作業で稲作を続けているところも多く、その点でも貴重な価値を持っています。そのような場所で収穫されたコメは、その価値をしっかりと認められてほしいと考えています。
河原田)コメ卸の当社は、その貴重なコメを生産者の方々からいかに高額で買い取らせていただくかという側面から、サステナブルな形での棚田での生産を実現したいと考えてきました。しかし、コメの価格だけでその課題を解決するのには限度があります。今おっしゃった棚田の価値を守っているのは生産者の方々であり、その見えない価値をいかに経済的価値に変えるかが現在の当社の課題でもあります。
恐らくそこに賛同してくれる方々は決して少なくありません。そのような層に対していかにアプローチしていくか、当社では検討を進めている最中です。
「日本の棚田フォトコンテスト」
河原田)「日本の棚田フォトコンテスト」では、今森さんに審査員を務めていただきました。応募数は2,000点を超えるなど大きな反響をいただきましたが、今森さんの印象はいかがでしたでしょうか。
河原田)最優秀賞の「シンクロナイズドドロリング」は、社内でも多くの人気を集めました。
今森氏)以前に伊勢神宮を取材したことがあります。神域と呼ばれる照葉樹の原生林を撮影するなど非常に貴重な経験となりました。その中で面白いと感じたのは、稲作の神に捧げる儀式で、泥の中で相撲を取るという神事があったことです。
河原田)まさしくこの写真と同じ状況ですね。

作者:藤元 麻未 氏
撮影地:岡山県岡山市
今森氏)神の前で、いかに元気かを示す神事であるそうです。この少年はその神事を彷彿とさせました。
河原田)私にとってこの写真は自身の原体験です。私は農家の息子でしたが、田植えの季節の泥遊びがとても楽しかったことを覚えています。
「日本一棚田を守る企業」になるために
河原田)当社は、「日本一棚田を守る企業」になることを目標として掲げています。現在は棚田オーナー制度で星峠の棚田(新潟県十日町市)の保全活動に取り組んでいますが、さらに取り組みを拡大していく必要があります。
私の懸念は、CSR(企業の社会的責任)の一環として棚田保全に取り組むだけでは継続性が無いことです。ボランティア精神頼みではなく、ビジネスとして棚田保全に取り組む。そのために様々な施策の検討を進めています。
今森氏)とても嬉しいです。大切な視点ですが、地元の方々が喜んでくれる取り組みでないと意味がありません。都市部に住む方々は、今の棚田が抱える課題を環境問題として理解しやすい。いかに地元の方々を巻き込みながら取り組みを広げていくかは私にとってのテーマでもあります。
河原田)コメ作りや棚田という要素だけでなく、生産者の方々の暮らしを含めた丸ごとを守っていく取り組みを考える必要がありますね。
ヤマタネにとっての棚田
河原田)棚田だけでなく、日本の稲作全体で生産人口の減少・耕作放棄地の拡大が続いています。当社の想定では、2030年頃には国内のコメの供給が需要を下回り、コメが不足する時代になります。当社は「産地に選ばれる卸」になるため、「産地の続くを支える」をキーワードに、産地の課題解決に積極的に取り組んでいます。
100年間コメに関わってきた企業として、産地のため、我々にしかできないことは多くあると感じています。今回、今森さんにお話を伺い、改めて棚田の価値を再認識するとともに、守っていくことの難しさも実感しています。経済合理性を伴いながら、「日本一棚田を守る企業」になるべく、当社は今後も取り組みを加速していきます。
本日はどうもありがとうございました。
今森氏)ありがとうございました。
ヤマタネからのコメント
今回は、里山保全を行いながら実際に稲作に取り組まれている今森氏のお話を伺い、当社の棚田保全の取り組みを進めていく上で重要な視点を多くお示しいただきました。当社はこれからも社会課題解決型企業として、産地の抱える課題に全力で取り組んでまいります。「日本一棚田を守る企業」を目指すヤマタネの取り組みにご注目ください!